Keiji HORIBÉ

Calligraphie japonaise

28, rue des Petites Pannes | 49100 Angers | 06 85 23 30 35

Justesse 正 (35×40 cm) -100€ -

L'idéogramme de "Justesse" est composé par deux parties.

La première est celle du haut qui représente un château (le trait horizontal).

La seconde est celle du bas qui désigne une trace de pied.

 

En effet, il s'agissait de l'image d'une conquête de l'autre.

L'image d'une troupe qui se présente devant le château pour la conquête.

L'histoire nous montre que la justesse était bien menée par la conquête.

 

En revanche, on peut voir un peu autrement cet idéogramme.

Devant une justesse étendue (le trait horizontal du haut), on s'arrête pour examiner si cette justesse est vraiment bien ou pas assez.

Cette façon de voir la justesse me plaît.

Car on sait que chacun a sa justesse, différente, plus ou moins élaborée.

 

La justesse n'est jamais unique.

 

L'importance n'est pas à conquérir l'autre.

C'est d'examiner toujours humblement sa justesse en respectant celle de l'autre.

Car la justesse peut exister grâce à la présence de l'autre.

Car la justesse peut s'élaborer toujours.

 

Le Monde est toujours en mouvement, en permanence.

Rien ne s'arrêtera.

Toutes les choses se transforment en permanence.

Même la justesse.

 

L'importance, c'est vivre ensemble.

La justesse n'était pas pour nous guider vers le bonheur ?

 

 

「正しさ」とは何だろう。

 

人それぞれには、それぞれの正しさがある。

そのために、人はそれぞれの正しさを守ろうとする。

時には、それがエスカレートしてしまい、力尽くで証明しようと衝突する。

争いの始まりだ。戦争の始まりだ。

みんな正しいのだが...。

 

宇宙から見ると、正しくないものは何もないかもしれない。

だが、私達は時折小さな尺度の色眼鏡で世界を覗き、自分の小さな殻に閉じこもり、それのみを主張しようとする。

 

 

でも、人は「正しさ」という尺度がなければ生きていけない。

それがなくなってしまえば、生きている気がしないからかもしれない。

ばらばらに物事が散らばってしまい、迷いの世界に陥ってしまうからかもしれない。

人は安定・平和を好む。

その一方で変化を好む生き物でもある。

 

「正しさ」は生きていくためのエネルギー源でさえあるのかもしれない。

「わたし」という自分は愛しいものであるのだから。

 

この「正」という漢字の成り立ちも同様だ。

一画目の横画は、お城を表しているらしい。その下の4画は足跡を象ったもので、お城を征服しようとした様子を描いている。

相手を制して自分の「正しさ」を押し付ける。それが、この「正」の語源だったのだ。

 

ところが、こんな解釈の仕方もある。

一画目の横画が、唯一の正しさとして存在し、その前に「立ち止まり」、それが本当に唯一の正しさなのかと吟味するのが「正」という字。

この「足を止めて吟味する」というスタンスの解釈はいいと思う。

これが、本来「法廷」という機関が持つ重要な役割かもしれない。法律を下にした裁判だ。

 

でも、この法律をつくるのも私たち人間。

よりよいと思われる正しさを吟味し、法律を作る。

時には証拠不十分により、自分の正義が認められず、不条理な結末へと追いやられることもあるだろう。

悲しいが、人間、間違うこともある。

誰もが正しくて、誰もが間違うものなのだ。

 

自分の「正しさ」は絶対ではない。

 

自分の正しさに吟味を重ね、謙虚にお互いの正しさを磨き合うことが大切なのだ。

そうすることで、きっと大きな素晴らしさに出逢えるだろう。

 

私はそれを信じて、一歩立ち止まる大切さを忘れずに、相手の正しさも尊重しながら自分の正しさを大事にしていきます。